パイロット エリートS


 今回の品は、当方にとっては"現役"の万年筆です。

 昭和という時代に生まれ育ってテレビが大好き、それこそついこの前のアナログ放送が終了されるという騒ぎがあった時には世界が終わるのではないかというぐらいの不安感に襲われて慌てて電気店に走った方には、ヒッジョー(非常)に懐かしいと思われる、「はっぱふみふみ」の例のヤツであります。




 大橋巨泉なる往年の放送作家兼タレントによる「みじかびの、きゃぷりきとれば、すぎちょびれ、すぎかきすらの、はっぱふみふみ」なるアドリブの意味不明のコピーを用いたCM放送が話題になったのは1969年のこと、さりとて、当方は生まれていたものの未だ幼児の頃、よってその記憶は全くありません。

 当方にとって大橋巨泉といえば、日本テレビが深夜に垂れ流していた大人向けのエッチな番組「11PM」の司会で…

 話が下世話な方向に逸れそうなので元に戻しますが、ともかく、今回、この記事を書くためにちょいと調べてみると、このエリートという万年筆、競合メーカーとのシェア争いに業績を落としていたパイロットにとって、先述のCMの話題性もあって、起死回生のモデルとなったとのことです。

 エリートSの販売価格は、1969年当時の18Kのペン先が奢られたもので2000円、そして、当方のものと該当する、14Kのペン先が主となる二代目が輩出された1977年頃で3000円だったとのこと。

 当方のエリートSのペン先には、14K-585、PILOT、そして細字タイプであることを示す<F>との刻印がされ、根元の近くにH677ともありますので、俗説に従えば、1977年6月平塚工場製ということになります。
 因みに、エリートSの"S"はショートを意味して、ロングモデルもあり、こちらは1977年当時で5000円したとのことです。

 さて、当方のエリートは、中学生の頃に親に買ってもらったもので、入学祝などの類ではなく、確か習字の時間に万年筆による文字の書き方を習うことになったか何かで急遽、必要になり、母の旧知の文房具屋さんに、母とともに出掛けて、手に入れることになったものです。

 「友達親子」なんて言葉はいつ頃から言われるようになったのか当方は寡聞にして定かではありませんが、昭和の男の子といえば、思春期ともなると必ず親に反発するもので、それこそ一緒に買い物に出るなんて以ての外。

 しかし、中学生といえどもやはり稼ぎのない小遣いを貰って生きている身、何か買い物する必要がある場合は必ず親からお金を貰わなければなりませんので仕方なく相談すると、「じゃ、買いにいこう」と…

 幾ら昭和の時代といえども、当方が中学生の頃には既に、例えばシャープペンシルなんてものもプラスチック技術の発展により廉価で、それこそ100円でも買えるようになり始めており、万年筆についても、今のように100円ショップでも買えるほどではないものの、セーラーあたりから1000円程度のものが輩出されていて、当方としてはそれが買える程度の小遣いを頂ければ有難がったですが…

 「そんなものすぐにダメになるんだから」

 母は頑としてお金を出してくれようとしない。

 そういう訳で、何故かツッタカツッタカ軽快に闊歩する母の後ろをトボトボとついて歩いては、専門学校の教員をしていた母の教え子の家だという下町にある文具店に向かった訳です。

 そして、商店街の外れにあった小さな文具店に着いて、母が教え子である店主の娘さんと話し込むこと20分近くの時間、店内の片隅でボーッと立ち尽くして時間を潰すことの苦痛ときたら何とも言いがたく、その上で、いざ、万年筆を選ぶとなると、店主のオッサンに、「何かスポーツでもしてるのか」とか、「好きな女のコはもうできたか」とか、万年筆とは関係のない質問を矢継ぎ早にされて…

 ともかく、やっとのことで万年筆を選ぶとなると、店主のオッサン、手元にあったテキトーな万年筆とメモ紙を出して、「これに名前かなんか書いてごらん」といい、当方が名前を書いてメモ紙を渡すと、それをチラと見るだけで、「コレにしておきなさい」と即決。

 改めて考えると店主のオッサン、書いた文字を見て、筆圧やら書き癖などを判別、そこから相応しい万年筆を選び出すというのは、尊敬に値するなかなかの曲者なのであったわけですが、大人への反抗心と、女性の身体への興味(いや、これは万年筆と関係ないですね)に満ち溢れた思春期の少年にとってすれば、「そんなに簡単に出せるならスグに出せよ」ってなもので…

 お会計は母が教え子さんと話しこみながら済ませており、その間、当方は、お店の壁に何故だか貼り付けてあった、"あべ静江"という女性タレントのポスターを、ぼんやりと「この人、若いのか年食ってんだか判んねぇな」などと思いながら見ていたので、幾らで買ってもらったのか記憶にありません。
 ただ、「そんなのダメよ」、「いや、いいんですよ」。「そう、それじゃあ」なんてオバサンたち特有のグダグダな会話の後に母がお釣りを貰っていたことだけは覚えていますので、おそらく3000円の1割引ぐらいで売って貰ったのではないかと推測します。

 画してヒッジョー(しつこいですが、非常)に胸糞悪い思いをして手に入れたのパイロットのエリートSでしたが、授業で一回か二回、使ったものの、それ以外では使用すること無く、暫く机の引き出しにしまったまま放置することになりました。

 基本的に、とりあえず黒板に書かれているものを写すノートには鉛筆もしくは安物のシャープペンシルを用い、授業が終わればクラブ活動に汗を掻き、帰宅すれば夕食を食い、その後は暫くテレビを見たり見なかったり、そして、深夜になれば明け方まで放送されるラジオ番組を聴き、いつの間にか眠っていたかと思うと目覚まし時計に叩き起こされて、ボーッとした状態で朝飯を食べては制服に着替えてフラフラと学校に向かう…

 そんなパターンの生活を繰り返す毎日ですから、万年筆など使う機会がないのです。

 そんなエリートSを再び手にし、今に至って使い続けることなるきっかけは高校生の頃になってからのことになりますが、その話は古いレコードと関係してきますので、いずれまたの機会に…。



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